周囲の理解について その2

おつかれさまです、スコシです。

先日、周りの人が、スコシの発達障害を理解してくれないと記しました。

発達障害に対する理解以前に、そもそもスコシが発達障害を持っているということについて理解がない。

とても孤立した気分になります。

それでなくても孤立してるのに。

精神科医に相談だ

精神科医の先生に相談してみました。

障害を持ってるって周囲が認めてくれないんです、って。

先生はこう仰いました。

「私にも、そうは見えないんだけどね」

……

ちょっとアンタ、人のこと発達障害って「診断」したやんけっ!!

どういうことさ…。

こういうことらしい

たとえば、会話の中では、話し相手の言葉や態度といった「入力情報」を「理解」して、こちらの言葉や態度といった「出力すること」を「決定」することで会話が進んでいくわけですね。

スコシ達、発達障害を持つ者は一般人と比べて、その入力の理解出力の決定に困難がある。

たとえば、ASD的には理解が追いつかなくてワンテンポ遅れるとか、ADHD的には逆に出力が暴走して言わんでもいいことを言ったり、する。

理解と決定にかかるプロセスが一般人より多く、困難が伴う。

「普通に」人と接するために困難があって、「普通の」人より努力が必要なわけだ。

でも、もし高機能高IQで、そのプロセスを乗り越えるのが上手で、より少ない機会で習得して、理解と出力が適切で、しかもそのスピードが一般人よりずっと速かったら…。

簡単に言えば、例えば人より10倍の困難を抱えつつも、人より10倍の速度で処理出来るなら…。

…本人としては困難を抱えながら、周りからは発達障害に見えない、そんな人間が出来上がる。

しかも生まれた時からというか、物心ついたときからというか、とにかく最初から抱えてる困難だから、本人だって気づかない。

ただ「行きづらい世の中だなぁ」と思うだけ。

どうやらスコシはそういう存在かもしれないらしいのです。

聞き取り検査結果からすると本人は困難を訴えているし、知能検査ではたしかに発達障害の可能性が高い。

それで発達障害と診断した。

先生は言葉を濁しつつ「あくまでも可能性だ」と前置きしたうえで、そんなふうに説明してくれました。

じゃあ、どうすればいいんだ

それでもやっぱりスコシは途方に暮れています。

だってスコシのことを「個性的ではあるけど普通の人」だと思ってる人達に、どう言えば理解してもらえるのか、それがわからない。

先生の話を噛み砕いて説明出来ればいいけど、スコシ自身だってまだ理解しきれてないのに、そんなこと。

周囲のサポートが欲しいと思っても、このままじゃサポートなんて、してもらえません。

しかもそれが発達障害に対する理解のなさではなく、発達障害と認めてもらえないことに起因している…。

スタートラインにすら立てていないよ。

本当にどうすればいいんだろうね。

だからって、こういうの、自己診断は厳禁です

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